大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1265号 判決

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお、従来の請求の趣旨のうち、金員支払の部分を減縮し、「昭和二十六年一月一日以降同年八月二十九日までは一ケ月金二千七十九円の割合、同月三十日以降昭和二十八年八月三十一日までは一ケ月金二千七百九十五円の割合の金員」の支払を求めると述べた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において「本件事務室の賃料は昭和二十四年六月一日から一ケ月金四百三十二円に合意の上改訂されたものである。控訴人の新な主張は争う。」と述べ、控訴代理人において「控訴人は昭和二十五年八月分の賃料は同月二十九日支払つたから同月分の賃料の延滞はない。同年九月以降の賃料は当事者間に賃料値上の話合が付かなかつたので昭和二十五年十二月から昭和二十六年一月までの間において、一応旧賃料を提供したか、受領を拒絶されたので、昭和二十五年九月一日以降昭和二十六年一月分までの賃料合計金二千百六十円を昭和二十六年二月中に供託したが、適正賃料が確定しない間に賃料として提供したのであるから、右供託金額は請求額から控除さるべきである。また、昭和二十六年五月一日から同年八月分までの賃料も旧賃料の割合で昭和二十六年八月一日供託したから、同期間内の賃料については控訴人に不履行の責がない。従つてその後同月二十六日に至り、昭和二十五年八月一日以降昭和二十六年七月末日までの賃料の支払を催告し、これが不払を条件とした賃貸借契約解除の意思表示によつては契約解除の効力を生じない。被控訴人主張の賃料値上の合意があつたことは認める。」と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人が昭和二十二年九月一日本件の事務室を控訴人に対し、被控訴人主張の約定で賃貸し、昭和二十六年四月一日から賃料を合意の上一ケ月金四百三十二円に値上げしたことは当事者間に争いがない。そして、原審並びに当審証人寺本三郎の証言によれば、昭和二十五年七月十一日地代家賃統制令の一部が改正され事務所等の目的に使用する建物については同令の適用が排除されたので、被控訴人は同年八月下旬本件事務室(本件の室が事務所の目的に使用されるものであることは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがない)の賃料を一ケ月金二千七百九十五円に値上げする旨の意思表示をしたことが認められる。しかしながら、その日時を明認するに足る証拠がないから、結局右値上げの請求は同月末日になされたものと認めるの外はない。

控訴人は被控訴人の値上げの請求のあつたのは昭和二十五年十二月下旬であると主張し、控訴人は原審並びに当審における本人尋問において同趣旨の供述をしているけれども、右供述は前掲証拠に徴して措信し難く、他に右認定を覆し、控訴人の主張事実を認むべき証拠はない。

ところで、原審における鑑定人川口長助の鑑定の結果によると、昭和二十五年八月頃の本件事務室の相当賃料は一ケ月金二千七十九円であることが認められる。従つて、前記賃料増額の請求は右の限度においてその効果を生じたものというべきであつて、同年八月一日から同月三十一日までは従前の賃料一ケ月金四百三十二円、同年九月一日からは一ケ月金二千七十九円に増額されたものといわなければならない。

もつとも原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は被控訴人の前記のような賃料値上げの請求について、異議を述べ、増額賃料について当事者間の協定ができなかつたので賃料の支払をしなかつたことが認められるけれども、本件貸室の賃料が当時当該建物に対する公租公課の増加もしくは建物の価格の昂騰によつて又は附近貸室の借賃に比して不相当となるに至つたことは、弁論の全趣旨に徴して、これを窺うことができるから本件貸室の賃料値上げの請求はその意思表示によつて、賃借人の承認の有無にかかわらず当然相当賃料額に増額される効果を生じたものと解すべきである。そして被控訴人が控訴人に対し、昭和二十六年八月二十六日到達の書面によつて、昭和二十五年八月一日から昭和二十五年十一月分までの増額請求した賃料の半額及び同年十二月一日から昭和二十六年七月末日までは増額請求をした額による賃料の合計金二万七千九百五十円を三日内に支払うべきことを催告するとともに、右期間内にこれが支払をしないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

ところで、叙上説明のように、昭和二十五年九月一日以降の賃料は一ケ月金二千七十九円に増額されたが、その後被控訴人が賃料値上の請求をしたことについては主張も立証もないから本件事務室の賃料は一ケ月金二千七十九円に止まるものであつて、右の催告にかかるものは、実際の延滞賃料額よりは過大な催告ではあるが、少くとも実際の延滞賃料額の範囲内においてはその効力を生ずるものと解すべきであつて、控訴人が右の相当賃料を提供しても、これを拒絶する意思を有しまた拒絶するものとみるべき資料はない(この点に関する原審並びに当審における控訴人本人の供述は原審証人寺本三郎の証言に徴し採用しない)。しかも控訴人が催告期間内に右延滞賃料を支払つたことについての主張かつ立証のない本件においては、催告期間満了の日である昭和二十六年八月二十九日の経過とともに本件賃貸借契約は解除されたものといわなければならない。

この点について控訴人は、「(イ)昭和二十五年八月分の賃料金四百三十二円は昭和二十五年八月二十九日に支払つた。(ロ)昭和二十五年九月分から昭和二十六年一月分まで五ケ月分の賃料合計金二千百六十円は弁済のため現実に提供したか受領を拒絶されたのでこれを供託した。(ハ)昭和二十六年八月一日に同年五月分から同年八月分までの賃料は一ケ月金四百三十二円の割合で弁済供託した。従つて控訴人には被控訴人主張のような債務不履行はない。」と主張する。

ところで(イ)成立に争いのない乙第五号証の一、当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は昭和二十五年八月二十九日本件事務室の同月分の賃料として金四百三十二円を支払つたことが認められる。従つてこの賃料をも含めてなされた前示催告はその催告額が過大であるとのそしりを免れないけれども、その故のみを以て右催告の効果を否定すべきものでないことは既に説明したとおりである。

また(ロ)成立に争いのない乙第一号証には、控訴人が昭和二十五年九月分から昭和二十六年一月分までの賃料を供託した旨の記載があるけれども、この記載のみによつて直ちに控訴人主張の供託のあつた事実を認めることはできず、他に右供託の事実を明認すべき証拠はない。従つて、右供託を前提とする控訴人の主張は採用できない。

次に(ハ)成立に争いのない乙第八号証の一、二によると、控訴人は昭和二十六年八月一日に本件事務室の昭和二十六年五月分から同年八月分までの賃料として一ケ月金四百三十二円の割合の金額を供託したことが認められる。ところで本件においては被控訴人の賃料値上げの意思表示によつて、その賃料は当然客観的に相当たる賃料額まで増額されたものといわなければならないことは、前段説示のとおりであつて、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は被控訴人の請求にかかる賃料値上額そのものには異議こそあれ、相当賃料額に値上されることについては特に異議があるわけではなかつたのであるが、その際控訴人は格別相当賃料額を具体的に調査する方法を講じなかつたことが窺われる。この点からみると、他に特段の反証のない限り、控訴人は本件事務室の旧賃料一ケ月金四百三十二円が必ずしも相当額でないことを意識しながら、漫然、旧賃料額によつて弁済供託したものと認むべきである。しかしながら、前掲鑑定の結果に徴すると、本件事務室の相当賃料額は昭和二十五年八月から同年十二月までの間にあつては一ケ月金二千七十九円であり、昭和二十六年八月当時は一ケ月金三千二百十三円であることが認められるから、控訴人の供託した旧賃料一ケ月金四百三十二円は相当賃料に比較して著しく低額に過ぎるものといわなければならない。しかも値上の請求によつて、本件貸事務室の賃料は当然客観的相当賃料額に増額されたものなのであるから、たとえ、値上請求に関し当事者間に相当賃料の額について争いがあつたとしても、賃借人たる控訴人において、客観的相当賃料について調査を尽した上、相当賃料と判断した金額を供託し、しかも、その供託額が客観的相当賃料と少額の相違にすぎないというような事情でもあれば格別本件のように旧賃料が相当賃料でないことを自覚しながら漫然著しく低額な旧賃料額の一部を供託したからといつて、債務の本旨に従つた履行ということはできないから、控訴人の主張するような右の供託がなされたとしても、前記契約解除の効力に何等支障を及ぼすものではない。

従つて、本件賃貸借契約は、昭和二十六年八月二十九日限り解除されたものであるから、控訴人は本件事務室を被控訴人に明け渡すべき義務がある。

次に賃料、損害金の請求について考える。

原審における鑑定人川口長助の鑑定の結果に徴して考えると本件事務室の昭和二十六年一月一日以降同年八月二十九日までの相当賃料額は一ケ月金二千七十九円であり同月三十日から昭和二十八年八月二十一日までの相当賃料額は一ケ月金二千七百九十五円であることが認められる。

ところで、本件賃貸借契約は昭和二十六年八月二十九日限り解除されたことは既に説明したとおりであるから控訴人は同月三十日以降本件事務所を被控訴人に対し明け渡すべき義務を負うものであつて、控訴人は右明渡義務不履行により被控訴人の被る損害を賠償すべき義務がある。そして、その損害額は事務室の当時の相当賃料(一ケ月金二千七百九十五円)と同一割合と認めるのが相当である。

従つて、控訴人は被控訴人に対し昭和二十六年一月一日から同年八月二十九日までは一ケ月金二千七十九円の割合の賃料、昭和二十六年八月三十日から昭和二十八年八月三十一日まで一ケ月金二千七百九十五円の割合の損害金の支払義務がある。

よつて被控訴人の本件事務室の明渡、賃料、損害金の請求はすべて理由があるから、これを認容すべきものとする。

しからば被控訴人の本訴請求を認容した原判決は被控訴人が請求の趣旨を減縮した結果、叙上説示の範囲内において相当であるから、本件控訴は理由のないものとしてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 町田健次)

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